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夜10時から始まるニュース番組。
前番組にニュースステーションがあり、
久米さんが降板するに当たり、今の古館さんが後釜となりました。

はっきりいうとこの時間帯のテレビ朝日のニュース番組は偏っています。

ただ、私は久米さんの方がフランクにニュースを、身近にしてたように感じます。
バラエティに近づけたように思えます。

古館さんは、前はバラエティ番組の実況をしていましたが、
報道ステーションが始まってから、堅物の人となりました。
そして、人はこうであると語っているようにも思えました。

私は報道ステーションはアプローチに失敗していると思います。
堅物のニュースはNHKでよくて、また、堅物ならどちらかに偏ってはいけないのです。
だからこそ、ニュースステーションの最終回は久米さんが一人乾杯をしていると思います。
報道ステーションでは古館さんは自分の番組の評論しかしませんでした。

ただ、久米さんが言っています。スポンサーの影響を受ける者で有り、
ただ、戦後に民間放送が始まり、間違えて進んだことはないと。

だからこそ、久米さんはニュースを身近にし、楽しい番組を目指した。

この違いがあるからこそ、報道ステーションは残念でなりませんでした。

終わり




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ゲーム中のBGMというのは、正直どうでもいい所です。
というのもRPGに関して言えば、システムとストーリーが肝になるからです。
ただ、システム、ストーリーは置いておいて、
映像と曲がすばらしかったゲームがあります。
世界観と曲がすばらしかったゲームがあります。
それは、ファイナルファンタジーとドラゴンクエストです。

植松伸夫さんとすぎやまこういちさんが作曲をされているのですが、
曲を聴いただけで、あのゲームでかかっていた曲だ。また、
あのゲームのあのシーンにかかってた曲だとわかるのです。
そして、二つのシリーズに共通する点はとても雄大であるということです。
私はあまり音楽を語れるほどよくわかりませんが、
我々が普段耳にするような形で、雄大な曲というのは少ないと思います。
そして、未だにこのお二人を超えるゲームのBGMを聞いたことがありません。
それでもFF13のBGMは割とありでしたけどね・・・。
JRPGが全盛期だったというのはシステムとストーリー+αの部分があったからかもしれません。
海外のゲームクリエイターにはできない日本人の繊細なところをもっと生かして、
次につなげていって欲しいですね。

偉そうな感じで終わります(´д`)

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PERFECT HUMANについて、一発で何が面白いのかわからない。ネタなのかといった声が聞こえますが、人が興味を示す方法として、ギャップという考え方があります。

世の中には完璧な人間などいません。
まして、お笑い芸人の、申し訳ないですが中田さんが完璧な人間ではないんです。
だからこそ、オリエンタルラジオネタではいかにも完璧だといって、
凡人であることのギャップをネタとしております。

そして、これを飛躍させたのがパーフェクトヒューマンです。
まるで神のように崇める。そして中田さんはいかにも神のようにしたり顔をし、
人を見下すようにサングラスをする。
ここでただの平凡な人間であることのギャップに面白さが生まれるのです。

これは、別にリズムネタだけでなくお笑い全般にも使えますし、
人が共感する上で、必要なことです。
例えば漫才でも呼吸等はあると思いますが、
あげてあげてあげて、さげる。
そう、ぼけてぼけてぼけて、突っ込みを入れる。
このギャップにより面白さがあるのです。
あとは共感というのもあれば、より身近になります。

まあ、これだけで一年間食べていくのは大変ですから、
リズムを変えて、趣向を変えれば、一つのジャンルに昇華させられるでしょうね。

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大前提は、この映画はアメリカ側から見た戦争の悲惨さであるということです。
戦争というのは、誰もが正しくないと思いつつ、正しいと思う者です。
そんな葛藤をアメリカという強者から見た映画です。

では、そんな映画を見てなぜ、面白いと思うのか。
それは、戦争自体身近な者であり、決して遠い者ではないためです。
また、色々と考えさせられる点です。

映画ですから、事実を盛っているとは思いますが、
やはり主人公が名スナイパーであり、戦時下では仲間のために戦い、
家族のために退役するといった点です。
そして、戦時下での精神疾患を克服し、最後はいい人として殺されます。

いい人が死ぬと、誰もが悲しみます。
その悲しみは映画としてさらに視聴者を引き寄せます。

ただ、本当のこの映画に没頭するのは、やはりアメリカ人であり、
日本人ではないと思います。当事者ではありませんからね。

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アニメ版を視聴しました。
SFチックな世界観が良いと思います。

人類が地下に追いやられて、外に出るときは防具服で覆われなければならない。
それでも人は科学を追究する。そして、失敗する。
一方で新人類は外で生活ができ、オーバーすぎる科学技術はもっていない。
さながら江戸時代のよう。

もちろん最初は視聴者の興味を引かせるため、明らかにしてなく、小出ししていくが、
よく、一時期幸福度という言葉が一人歩きした。
ブータンは貧しいながらも、必要以上を求めず、身近な幸福を得る。
もちろん、幸福というのは定義の解釈によって変わりますが、
日本人も江戸時代くらいの頃の方がまったりしていたと思っている人がいると思います。
(ここでいう江戸時代はまったりしたものという理想郷ですけどね)
だからこそ、人の過ちと未来に生きる者として、対極的に見せていますし、
旧人類の末路も表現されています。

さて、この作品見ていて一番思ったのは、ほとんど人の心情のみで表現され、
物語が進んでいくという点です。
ですから、理屈が抜きになります。
どういう作品かにより、このストーリー上の論理立てが不要になる場合があります。
情で視聴者に訴えている作品だと思います。
例えば、トゥスクル様が理不尽な事件で死んでしまうこと。そのことで、
村人が立ち上がり、一揆が広がること。
普通ではあり得ません。もし革命の話にもっていくなら、他の村の現状、
王の冒涜、他国への協力要請などなど、あまりにも足りません。
知将が一人いても戦況は変わらないのです。
ただ、あえて無視し、弱者のために正義を振りかざし、弱者が救われる。
これがなぜすっきりするかというと、今の我々にはこんな事はできないという点です。
でも、人は常に理想を求める者です。
ですから、何かしら事件が起きる。法律では守られない部分が出てくる。
それで、被害者が悪質な加害者を法律外で処罰をしたとしても、
正義の話ですから、問題ないのです。そこに理屈はいりません。感情を動かせるかどうか、
だとおもいます。

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