忍者ブログ
soraによるただの戯言です・・・・・
ブログ内の検索に役立て下さい。 あまり役に立たないと思うけど(((=ω=)))
Google
WWW を検索 かいそらブログ内 を検索
注意:当ブログの記事あるいは内容等による問題、トラブルが起きましても私自身は責任を負いませんし関与いたしません。 あくまでも自己責任ということでお願いします。

この映画は古いが、充分に見応えがある。
理由は単純な映画だが、今でも面白いと思えるポイントと被るからだ。
ただ、宗教的な所は薄かったから良かった者の、濃かったら日本人にはあわなかったと思う。

ドラキュラは神の軍を率いて聖戦を行った。
しかし、運命のいたずらで大敗したという伝言が最愛な妻へもたらされた。
妻はドラキュラをとても愛していた。
その人がいない世界など考えられないとあまりの悲しみに自殺した。
ドラキュラは凱旋後、妻が自殺したことを知る。
しかし、キリストの教えでは自殺は許されない。
そして、自分が神のために聖戦をしたのにも関わらず、その運命は誤報で、
何のために戦ったのかわからず深い悲しみと神に対する怒りが込み上がり、
神の寵愛から外れ、悪魔となった。

もうこの次点でドラキュラが悪くなく、悪いのは神様であることは明白です。
そして自分が悪魔となって寵愛を受けている人間に対し害を及ぼすのは仕方がないことです。
それなのに人間はドラキュラを悪魔として戦おうとします。
もう最悪ですね(..;)
だからこそ、この映画は悪であるドラキュラでも同情する部分が有ります。
そしてこれって人間の可愛そうとかそういった偽善な心をついている者なのかなって思います。
例えば世界各地で紛争していたり、大災害が起きても可愛そうだなー位にしか思いませんが、
その人をスポットにした場合には、何かをして上げようと思うわけです。
そういった全体の被害よりもその人個人に対し感情に心が打たれるのです。
でもそれって人は何かをするときに全体は大きすぎてイメージがわかないけど、
一個人ならイメージが沸くって事なのかなって思います。
で、話に戻るとドラキュラ一人にスポットを充てているため可愛そうと思うって事です。

あとは理想な部分ですね。
映画にも行っていましたが、男は女を求め、女は男を求めるんです。
まあ、男の方が支配欲が強く、女の方が支配されたい欲が強いとは思います。
古今東西人間は相手を支配して若しくは支配されて欲求を満たします。
それは会社でも社会でも学校でも家庭でもそうです。
だから世の中にはSとかMとか言われるんだと思います。
それで、ドラキュラは血を吸って自分の血を飲ませると永遠に支配できる。
逆に血を吸われて相手の血を飲まされると永遠に支配される。
だからこそ、男はドラキュラに、女はドラキュラに支配される側として、
それぞれの欲求が満たされるから、理想的なんじゃないのかなって思います。

古い映画ですが、なかなか面白かったです。
終わり

拍手[0回]

PR

現在の最新鋭艦イージス艦が、第二次世界対戦時にタイムスリップした時に、
戦後の自衛隊と戦前の日本軍で同じ日本人同士の考え方の違いと、
未来人はどう対応していったら良いのかとそんな話です。

現在の日本の情勢と戦前の日本の情勢を、
私たち現代人は知っています。これは、世界観をどうのこうのは最初から構築する必要が
ありません。すなわち、違和感なく物語にすんなり入れます。

次にイージス艦が最強であること。
何においても昔は昔、今は今です。ですから、現代のイージス艦が当時の日本軍、アメリカ軍の
戦艦、航空機を無双しても爽快感があり、あくまでも自衛隊目線で読者は読みます。
よくある主人公最強補正で主人公の気持ちと重ねて物語が進行していく者と一緒です。
そして、弱者への慈しみです。
何様なんだろというのはありますが、所詮人は自分優位で偽善により心を満たします。

ただ、イージス艦はすごくてもその艦を動かす人こそが弱いというのが他には中々ない、
おもしろさへ繋がります。それは、現代人が思っている自衛隊の部分、人を殺す部分へのためらい
人間の弱さを露呈させるからこそ、読者はより、感情移入します。
そして、日本軍、アメリカ軍の人の強さというのに憧れ、理想を見いだします。
また、主人公の角松みたいに戦後の現代人の象徴を代弁しているような一貫した考えというのは、
現代人の理想を表していると思います。(その当時の日本人、米国人は人の理想)


で、残念だったのは、人は表現していても、その世界観の先を表現できなかった作者には、
がっかりしました。日本は原爆を落とされる前に早期降伏し、民主主儀への道にすすみ、
天皇は象徴となった。現代との唯一の違いは自衛隊という名がなくなったということのみ。
ひたすら作中に草加がいっていた専守防衛のみ、人命救助の自衛隊に矛盾があった。
その答えが自衛隊ではなく、旧日本軍でもない軍隊ということにしたかったのだろうが、
改変されたその軍隊の理念の描写がなかった。
ここが、この作品のもっとも悔やまれる所だと思う。
それならば、草加がジパングと称した国を読者は読みたかった、世界観に触れたかった
その気持ちの方が大きいと思う。

どうしてもこの部分の矛盾があるから、日本は矛盾のある行動をする。
憲法の改正の賛成、反対、軍隊の是非などあるが、そういう意味では、ジパングは、
答えを示してはいない分、考えさせてくれるひとつの指標になると思う。

終わり

拍手[0回]


私は4,5,6と見て、1,2,3を見てきたものです。
正直4,5,6は退屈でした。
理由は話がよくわからないため。
同じ理由で1,2,3もよくわからないのですが、演出は良かった。
時代の流れで演出の幅が広がったからでしょうか。

そして、今回は7。描きたかった者がよくわかりません。
上辺だけスターウォーズを名乗った感じがします。過去のキャラクターの
ファンサービスもそうです。
それならもう少し早く作成してほしかった。

さて、面白いと言えるところですが、世界観は引き継いでいるのであれですが、
構成としては悪くないです。

主人公はルークの娘?というのは過去の主役の娘ってだけで物語に入り込めます。
あとは・・・。
そして、悪役のカイロ・レン。ハンソロが嫌いでダースベイダを見入る。
あとは・・・。

主役と悪役が悪くはないけど、魅力がないそんな感じですが只一人、フィンの存在は大きいです。
彼の話次第ではこの作品、化けそうです。
というのも、ルークの娘とカイロは最初から化け物じみており、フィンだけはただの一般兵なのです。
人というのは誰かに自分を投影する者で、フィンみたいな一般人を投影します。
フィンは殺すことを恐れているのです。そして疑問をいだくのです。
その畏怖により帝国から脱出を試みるのです。
この状況下というのは、我々現代社会にも思うところはあり、共感できるのです。
フィンは成長し、誰かのためになら人を殺せるようになった。
小さな勇気を振り絞れるようになった。
世の中の大多数の大人はこれができません。そして、フィンのそういった行動に希望の念を抱くのです。

あ、あとドロイドは小動物の登場は愛でる携行にあるよね。理由はやっぱり弱者を守りたい
根底があるのかな。

3部作の一作目で評価することが難しい。すべてが平坦な作品でした。
でも、フィンに期待ができる。ただそれだけでした。

終わり。。。



拍手[0回]


大前提は、この映画はアメリカ側から見た戦争の悲惨さであるということです。
戦争というのは、誰もが正しくないと思いつつ、正しいと思う者です。
そんな葛藤をアメリカという強者から見た映画です。

では、そんな映画を見てなぜ、面白いと思うのか。
それは、戦争自体身近な者であり、決して遠い者ではないためです。
また、色々と考えさせられる点です。

映画ですから、事実を盛っているとは思いますが、
やはり主人公が名スナイパーであり、戦時下では仲間のために戦い、
家族のために退役するといった点です。
そして、戦時下での精神疾患を克服し、最後はいい人として殺されます。

いい人が死ぬと、誰もが悲しみます。
その悲しみは映画としてさらに視聴者を引き寄せます。

ただ、本当のこの映画に没頭するのは、やはりアメリカ人であり、
日本人ではないと思います。当事者ではありませんからね。

拍手[0回]


アニメ版を視聴しました。
SFチックな世界観が良いと思います。

人類が地下に追いやられて、外に出るときは防具服で覆われなければならない。
それでも人は科学を追究する。そして、失敗する。
一方で新人類は外で生活ができ、オーバーすぎる科学技術はもっていない。
さながら江戸時代のよう。

もちろん最初は視聴者の興味を引かせるため、明らかにしてなく、小出ししていくが、
よく、一時期幸福度という言葉が一人歩きした。
ブータンは貧しいながらも、必要以上を求めず、身近な幸福を得る。
もちろん、幸福というのは定義の解釈によって変わりますが、
日本人も江戸時代くらいの頃の方がまったりしていたと思っている人がいると思います。
(ここでいう江戸時代はまったりしたものという理想郷ですけどね)
だからこそ、人の過ちと未来に生きる者として、対極的に見せていますし、
旧人類の末路も表現されています。

さて、この作品見ていて一番思ったのは、ほとんど人の心情のみで表現され、
物語が進んでいくという点です。
ですから、理屈が抜きになります。
どういう作品かにより、このストーリー上の論理立てが不要になる場合があります。
情で視聴者に訴えている作品だと思います。
例えば、トゥスクル様が理不尽な事件で死んでしまうこと。そのことで、
村人が立ち上がり、一揆が広がること。
普通ではあり得ません。もし革命の話にもっていくなら、他の村の現状、
王の冒涜、他国への協力要請などなど、あまりにも足りません。
知将が一人いても戦況は変わらないのです。
ただ、あえて無視し、弱者のために正義を振りかざし、弱者が救われる。
これがなぜすっきりするかというと、今の我々にはこんな事はできないという点です。
でも、人は常に理想を求める者です。
ですから、何かしら事件が起きる。法律では守られない部分が出てくる。
それで、被害者が悪質な加害者を法律外で処罰をしたとしても、
正義の話ですから、問題ないのです。そこに理屈はいりません。感情を動かせるかどうか、
だとおもいます。

拍手[0回]

HOME 次のページ >>
[1]  [2]  [3]  [4]  [5]  [6
カレンダー
04 2017/05 06
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31
フリーエリア
最新コメント
[04/27 ]
[05/08 ]
[04/04 ]
[03/27 ]
[08/04 ]
カウンター
アクセス解析

Copyight© かいそらの毎自 All Rights Reserved.
Designed by who7s.
忍者ブログ [PR]